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アガティス西草深のマンション名の由来

10.jpg安池家の庭にあったアガティスという木をマンション建設の際にシンボルツリーとして残し、マンション名にも「アガティス西草深」と入れた。
  この木の主な生息は東南アジアであるが、この場所に移植される前は、徳川慶喜邸(現在の西草深町)にあったことから江戸時代に九州地方の大名から寄進されたものと伝えられている。  
徳川慶喜邸は紺屋町の現在の浮月楼となっている場所にあったが、静岡に東海道線が開通し、汽車の騒音を避けて紺屋町から西草深町に移った。その後、慶喜公が東京に移り住むにあたり西草深のお屋敷は「葵ホテル」として民間に継承運営されるに至った。日露戦争当時に、葵ホテルが捕虜収容所として提供されることなった結果、ロシア人捕虜の煙草の火で建物は全焼した。葵ホテルの運営に安池家が関係していたことから、この木が当家敷地内に移植された。マンションを安池家相続対策により、建設するに当たり、庭に生えていた多くの木を伐採したが、この木は上記所以あり、残してシンボルツリーとすることにした。
  日本では、長崎県の出島に1本とここに1本しかないであろうということ、更に花球がついたのはこの木だけということや、高温多雨のこの地に適したか、樹種としての世界北限で生育しているということなどから、歴史的だけでなく、学術的にも貴重な珍しい樹木であることが、専門家のお話により分った。ちなみにこの木の大きさは約14m・幹周長:   164cm・胸高直径14cm(平成12年4月計測)。

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